レビュー:残酷すぎる成功法則 その1「物事のとらえ方」

この本は精神論はなく、エビデンス(証拠)ベースで評価して、どれが正しい成功法則か書かれている。超面白い本です。

バッザーナはこう分析する。「思考や言動のすべてがほかの人とはかけ離れているのに、自分ではそれほど変わり者だと思っていない──それこそが奇人たる証拠なのだ」。

自分の「あたりまえ」は、他人にとって「あたりまえ」ではない。いつも肝に銘じている考え方だ。だから、「あたりまえ」という言葉に注意している。大抵「あたりまえ」という言葉が出る場合、価値観の押しつけが発生してるからだ。なので、「あたりまえでしょ」という言葉を使ったとき、聞いたときは、「本当に?」と疑ってみることがとても大切。何がどう「あたりまえ」なのか認識のすり合わせをしよう。

大半の人はタンポポだ。どんな状況に置かれても、だいたい正常に開花する。しかし一部の人は蘭で、悪い結果のみならず、すべてのことに対して繊細で傷つきやすい遺伝子を持つ。タンポポが生えているような道端では花を咲かせられない。しかし温室で手入れが行き届けば、タンポポなど足元にも及ばないほど美しい花を咲かせる。

環境は成功のガキ。「蘭」の性質を持つ人は特に重要。ある環境では、まるでダメだが、ある環境では最高の結果を出す。だから、長期間成果が出ないのであれば、環境を変えるという思考を持とう。人、物、場所、時間。環境や行動を変えずに、違った結果を得ることは難しい。アインシュタインいわく『同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という。』

私たちは、とかくものごとに「良い」「悪い」のレッテルを貼る。実際には、それらはたんに「異なる」だけなのに。

「あなたのためを思って」と叱る人は、大抵自分のため。自分は正しくて、あなたは間違っている。だからあなたのためを思ってという言葉が出てくる。自分の周りには「あなたのため」と言う人はいないけど、無意識のうちに避けてたのかな。それぐらい苦手な言葉。自分はきっと押し付けられるのが嫌いなんだな。

それを如実に物語っているのは、トヨタの慈善活動の例だ。ニューヨークのフードバンク(生活困窮者に無償で食事を提供する活動)は、企業の寄付金で成り立っている。トヨタも献金をしていたが、二〇一一年に、はるかに良いアイデアを思いついた。寄付金はどこの会社でも提供できるが、自分たちにはほかに提供できるユニークなものがある。それは、常に工程の改善と効率アップを追求するトヨタならではの専門的技能──「効率」そのものを寄付することにしたのだ。ジャーナリストのモナ・エル‐ナッガーがレポートしている。「スープキッチンでは、トヨタのエンジニアのおかげで、夕食の待ち時間が九〇分から一八分に短縮されました。また、ボランティアによるハリケーン・サンディの被災者向け物資の箱詰めでは、トヨタから指導を一回受けただけで、一箱あたりの作業時間が三分から一一秒に短縮されたのです」これはあなたにもできることだ。自分をよく知り、正しい〝池〟を選択する。すなわち、自分なりの強みを見きわめ、それを最大限に活用できる場所を見つけるのである。

これは目からウロコ。寄付金ではなくノウハウを寄付する。これほんと大切。魚を釣ってあげるのではなく、魚の釣り方を教える理論。ただ、最初の段階ではお腹が空いてるので、魚を釣ってあげつつ、魚の釣り方を教えるほうが自分にはしっくりきてる。この寄付の概念は今後の人生に大きな意味をもちそうだ。

フェファーは、この世界がフェアだという考えは捨てるべきだとし、次のように言い切る。「仕事を順調に維持している者、仕事を失った者の双方を調査した結果、次の教訓が得られた。上司を機嫌よくさせておければ、実際の仕事ぶりはあまり重要ではない。また逆に上司の機嫌を損ねたら、どんなに仕事で業績をあげても事態は好転しない」

これは会社だけでなく、家族、友人にもあてはまる。妻の機嫌がよければ、実際の家事の達成度あまり重要ではない。人は感情の生き物だから、正しいかよりも楽しいか、完成度よりも納得度を優先する。自分が20代のときは、いかに仕事を完璧にこなすかを重要視していたが、今の自分は、いかに仕事で喜んでもらうかを重要視している。仕事は相手に喜んだもらってこそだ。